中医学徒の生きる道
小金井信宏ブログエッセイ
中医学徒の生きる道
2014-08-29 00:32:12

個人的なこと(21)

カテゴリ:個人的なこと

28日(木)に
亡くなりました。

 

私がブログなどに書くせいなのですが

 

ブログやツイッターなどを見てご心配頂いた方々
本当にありがとうございました

 

 

戸棚父の棚の漬物、納豆など(5月頃)

 

 

、駆けつけた時にはもう
意識はなく脈もなく

 

でもずっと脈をとっていたら
1分ほどして

 

 「●●●●●」

 

5回
脈と呼べる拍動があり

 

さらに3分ほどしたら
同時にとっていた「手陽明脈(合谷穴)」に

 

やはり1回だけ
脈とよべる拍動がありました。

 

胃気が失せた
瞬間でしょうかね。

 

 

父1今月の父

 

 

後はもう
脈とは呼べない微かな波動
たまに緩~く起こるだけ。

 

でもそれも
10分ほどで無くなりました。

 

 

父2今月の父

 

 

父が入院してから
1年8か月

 

物理的には
私が父を支えて来たのかも知れませんが

 

精神的には
私が父に支えられていて…

 

本当に楽しい20か月でした。

 

いよいよ
1人で生きて行く時代始まったようです。

 

進んで
参りましょう。

 

 

 父3父38歳、私3歳

 

 

 

2013-05-07 02:00:11

個人的なこと(20)

カテゴリ:個人的なこと

 5月4日は 「母の命日」 だったので
 母の教え子であった友人と墓参に行きました。
 
 
 池上、本門寺・入口
 
 
 

  

  

 

 入口を入ると石段が
 
 
 

 

 
 本堂に向かう参道の途中
 
 
 
  

 というのは、特にそれが 「仕事」 であるならば
 やりたい事だけ
 目一杯やって生きていてもなんとなく許される
 (ラクですね)
 
 でも女性は、なかなか同じようにはいかない

 
 本堂
 
 
 

 
 

 そんな中、私の
 女性としては比較的 「好きなことを思う存分やり続けた人」
 のように思います。
 
 「」 と 「まだ幼稚園に入っていない」 を残して
 アメリカに3カ月留学したりしてましたからね。
 (1960年代の 「にっぽん」 で)
 
 は…、友達の家に泊まっていました。
 ( ↑ 昭和の下町)
 
 
 本堂より振り返る
 
 
 まあ 「」 としては欠陥があったと思いますが
 それは 「」 も同じこと。
 
 クラスやスピーチなど 「アウトプットの天才」 でしたし
 
 70代になっても
 死ぬ前の晩まで 「仕事の勉強」 を続けていた
 
 あの 「プロ根性」 は
 心の底から尊敬しています。
 
 私も、見習いたいものです。
 
 来てくれた友人 (ありがとうございます)
 (許可を得て掲載しています)
 
 

2013-05-04 01:14:15

個人的なこと(19)

カテゴリ:個人的なこと

 先日は 「母の7回忌」 をしました。
 
 は 「母の墓を建てた」 時から
 神楽坂の 「毘沙門天(善国寺)」 の檀家なのですが
 
 母の墓
 池上の 「本門寺」 に建っています。
 
 どういうことかというと…
 
 
 ◆毘沙門天 (善国寺) が本門寺にもっている土地に
   お墓を建てた
 
 のです (どちらも日蓮宗)。
 
 
 神楽坂の毘沙門天
 
 
 
 
 
 本門寺の坂下にある幼稚園に通い
 ◆小学校時代は 「本門寺グランド」 で遊び
 本門寺のとなりにある中学に通った
 
 
 という感じで、本門寺と共に育ちました。
 
 
 毘沙門天で頂いた 「お茶と菓子
 (ごちそうさまでした)
 
 
 
 とくに中学の頃は
 
 ◆表参道96段の石段をうさぎ跳びで昇り降りしたり
  ( ↑ 昭和なクラブ活動)
 ◆ホームレスさんが墓地に置いていった雑誌 (← どんな雑誌?)
  を皆で拾いに行ったり
  ( ↑ ネットが無い時代の小僧たちの行動)
 
 
 色々とお世話になりましたね。
 
 檀家なので、毎年 「お会式」 の時には寄付をします。
 (お会式=日蓮さんが無くなった日を記念する催し)
 
 

2012-12-25 17:43:03

個人的なこと(18)

カテゴリ:個人的なこと

 父の手術が明日にせまり、私もお腹がどんよりして
 昨日からひどい下痢が続いています。
 (重たい話ですいません)
 
 気持ち (こころ) が沈んでいる時は
 心臓も重たくて
 力を入れないと 「」 が深く入りません。
 
 ワッフル
 
 
 で、そんな時に癒されているのが
 
 ◆白湯 (さゆ) !
 
 あの 「」 に癒されるのです。
 
 
 そういえば前も、心がぼろぼろだった時
 (↑ 私が悪いんですけどね)
 友人たちの小さな情が本当に身に沁みたものです。
 
 
 ◆生命は 「熱」
 ◆人を癒すのも 「熱」
 ◆愛もまた 「あたたかさ」
 
 そう考えると
 中医学がいう 「清熱薬」 でさえも
 最終的には 「」 をもたらしているのでは?
 
 そんな仮説を立てたくなります。
 
 
 カメ
 
 

  

 
 

 たとえば音楽だって
 「フルートの音色」 とか 「児童アカペラ合唱
 みたいな天使の音色だけがを癒す訳ではないでしょう。
 
 時には
 
 ◆「ボーカルの激しい叫び声」 とか
 ◆一流ドラマーが刻む 「とにかく安定したリズム」
 
 とか色々なものが人の魂を救うと思います。
 私も

 ◆ダリが描いた 「ウロボロス」 の原画
 
 をみてカタルシスが起こり、気持が吹っ切れたこともあります。
 
 看板
 (あんまり入りたくない)
 
 
 
 そういえば前に、心がぼろぼろだった時
 (↑ 私が悪いんですけどね)
 銀行のATMで私の後ろに並んでいた中年女性
 
 一瞬目が合っただけで、彼女は私の状態を見抜き
 反射的に泣いていました。
 そして慌てて出て行きました。
 
 後にも先にも1回だけの出会いでしたが
 あの 「理解」 と 「」 には癒されました。
 やっぱり 「あったかかった」 んですね。
 
 私、たとえば 「蜘蛛」 とか他の生物でも
 そういう出会い、ありますね。
 
 フリスク・ロボット
 (港区・クラシエ製薬 (株) 本社にて)
 (許可を得て掲載しています)
 
 
 

 

2012-10-29 23:27:39

個人的なこと(17)

カテゴリ:個人的なこと

 28日は 「昨年死んだ親友の命日」 だったので
 富士霊園にいってきました。
 
 
 ロマンスカーで食べた駅弁
 
 
 

 
 あっという間の1年でしたが
 
 ヤツが死んだ影響
 とてつもなく大きかったですね
 
 
 開けたところ
 (「カブの酢漬け」 が美味しかったです)

 
 
 
 
 あいつが死んで以来
 「命があることの奇跡」 を毎日、感じ続けているので
 
 「ちゃんと命を燃やしたか」 を
 どうしても毎日チェックしてしまいます。
 
 
 ◆自分で納得がいく1日だったか?
 ◆今日の自分をみて、私に命を下さった
  「神様」 や 「ご先祖様」 はがっかりされないか?
 
 
 という感じですね。
 
 
 駅弁を食べる私
 
 
 
 あとは死んだ親友言っていたこと
 
 
 ◆「私」 よりも 「私のことを知っている男」
 
 
 であった彼が
 私にくれた幾つもの言葉
 
 かみしめながら生きてますね。
 
 

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